尼将軍として実権を握り、非情の母とも思われている北条政子ですが、修善寺温泉での政子の印象は違います。
北条一族の策略に翻弄され、犠牲となった我が子に心を痛め、
墓の側に多重塔を建立して中国宋時代の一切経(経・律・論の三蔵をはじめ、すべての仏典を収録した大蔵経)の数千巻にも及ぶ経典を納めて菩提を弔っているのです。
修禅寺にはその中の第23巻、『放光般若波羅蜜経』が残っており、
巻末にある豆州修禅寺の墨印の欄外に「為征夷大将軍左金吾督源頼家菩提 尼置之」とやや右上がりの墨書があり、北条政子の直筆とされています。